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言論封殺

チュニジアといえば、「アラブの春」と呼ばれる民衆放棄の連鎖の起点となった政権転覆が起きた国であり、同時に、イスラム過激主義者が第一党になりながらも、世俗政党との連立の道を選び、穏健な変革の実験を主導している模範国である。

28日付のal-quds al-arabi 紙(ロンドン発行)は第一面で、そのチュニジアの政権党「ナハダ運動」がメディアを『浄化』すると表明したと伝えている。その目的は「メディアが反政府の演説台に変わってしまわないよう」にすることである、と。見出しには、「今後長期間、チュニジアの政権担当に自信」といった言葉も踊っている。

これは、ナハダ運動の幹部であるアブドサラム外相(ガンヌーシ指導者の義弟)の発言だ。チュニジアでは、テレビ・新聞が厳しく政府を追及する一方で、国営TVの局長・幹部が更迭されたり、イスラム過激主義を厳しく批判していた民間テレビ局の社長が逮捕されるなどの動きがあり、これら当局側の対応を正当化する目的で述べられたものであろう。背景に、言論界には旧ベンアリ政権の生き残りが棲息しており、自由な言論を許すと、革命体制が脅かされかねない、という危惧がイスラム主義者の間にはあるようだ。

しかし、言論の自由がない、と旧体制の独裁を批判して革命に加担し、政権に就くや、やっぱり言論封殺を正当化する、というのはいかがなものか。「やっぱり」というつぶやきが、世界各地で上がっているような気がする。イスラム過激主義が革命を乗っ取った悪しき例としてイランの神権政治があるが、中東におけるイスラム政権は、結局このモデルの道を歩むのではないか、やっぱりそうか、という訳である。

イスラム過激主義に大変同情的な同紙であるが、さすがにこの件については大いに危機感を持ったようだ。同日付の社説でこの問題を取り上げ「『浄化』という言葉だけは使って欲しくなかった。行き過ぎた言説は法律に基づいて対応すればいい」と批判している。

「トルコ型」を目指すチュニジア及びその他アラブのイスラム政権だが、その前途は極めて多難、と言う他はない。「誰がやっても結局は独裁」、というのは、悲しすぎる。(J)

花と銃  ~ ジャスミンの町ダマスカスの未来はどこに

花と銃

自由のない国に暮らしたい人はいないと思う。
私もシリアが民主主義の進んだ国になることを望んでいるが、独裁者に代わって、法律を遵守しない武装勢力が権力を握ると、もっと情勢は悪化すると思う。
この1年半の間にシリアに流入した武器はどうなるのか?武器保有者たちは現在の政権を倒したら、自発的にこの武器を新政府に渡すのだろうか?おそらく渡さないだろう。
例えば、レバノンの内戦が1990年代に終わり約20年が経過したが、多くの人たちはまだ武器を保有している。彼らは些細な問題あってもすぐに武器を取り出す。
ごく最近の話ならリビアがある。リビア革命が終わって1年間以上経過するが、政権を倒すために武器を持って立ち上がった人たちはこの武器をまだ保持し続けている。
シリアも同じことだ。シリア問題の結果はどう転ぼうが流入した武器は残されることになる。シリアだけではなく、中東全体で国の法律より宗教や部族の規律のほうがより強くなって来ている。普通の人たちでも武器を使って、自分たちの都合の良い「法律」を実現したいということになるだろう。

昔からダマスカスは「ジャスミンの町」と呼ばれていたが、これから「カラシニコフの町」と呼ばれることになるのだろう。なんともったいない…

シリア情勢とイスラム過激主義者

シリア情勢とイスラム過激主義者:

「アルカーイダや過激派部隊がシリアで戦っている」というレポートが昨年​から報告されているが、「国際社会」は無視していた。米、仏、トルコ、カタール、サウジアラビアなどの国は、「自由シリア軍などの、政府軍と対戦している部隊は民主主義と平等のために戦っている」と主張している。米国は2001年から11年間アルカーイダと戦ったが、奇妙なことに今は彼らと同盟しているかのようだ。おかしなことではないか。

  もちろん、民主主義のために戦っている人たちがいることを否定するものではない。しかし自由シリア軍のメンバーの写真や、旅団に固有の過激な名前、そしてナイフで殺害している映像を見るとイスラム過激主義者の影響をはっきり見ることができる。

 アフガニスタンやイラクで米国(クッファール:不信心者)と戦ったウズベキ​スタン人、チェチェン人、パキスタン人などはシリアで再びクッファールと戦うために徐々に入国してきた。しかし、シリアで戦う外国人の中で一番多いのはリビア人とチュニジア人、そしてサウジアラビア人である。また、湾岸諸国のサラフィー主義者、ワッハービー派は資金と武器両面で武装勢力を支援し​ている。レバノンとリビアにある過激主義者のグルーブを通じてこれらの支援をシリアに国内に紛れ込ませている。

 そもそも近代的な法律や憲法、そして基本的人権のない国(例えばサウジアラビア)がシリアの民主主義を支援しているとは噴飯ものだ。なぜ自分の国の民主主義を進めようとはしないのであろうか?もちろん、シリアに民主主義はほとんどなかったが、宗教や社会的
な自由はそれなりに存在していた。しかし過激主義者にとって、それは大問題だった。なぜなら、過激主義者(特にサラフィーとワッハービー派)は預言者ムハンマドの時代の​暮らし方に戻りたいという考え方を持っており、「民主主義というものはイスラムの価値を崩壊させるためのクッファールの欺瞞」であるとさえ考えている。例えば、サウジアラビアで王様(様!!)に対して変な言葉や意見を
出したら死刑になるのではないだろうか。裁判なしで死刑に処される。信じられないが本当である。

シリアの問題は悪く言われている政権だけの問題ではない。政権が代わっても、内戦はあと何年も続くであろう。シリアには19宗派と10民族以上がある。このようなモザイク国家においては、どんな宗派や民族も、他の宗派と民族が怖い​から自分を守るために武器を持って戦う。かつてはその考え方はほとんど表面化していなかったというのに。

宗教のために戦う人は「自由」の意味を理解することはできない。(A)